「それでもなお」という言葉を支えにする

今回の記事は、カテゴリーを「チラシの裏」とさせてもらいました。

このカテゴリーをつけるときは、かなり自己満足的な毒吐きをするための記事につけようと思います。

なので、この時点で不快に思われる方は以下読み進まないことをお勧めしますw

タイトルにある、「それでもなお」という言葉は、社会人2年目くらいの精神的にも体力的にもかなりボロボロだった時期にある書籍を読んで、「これ俺の座右の銘にしよう!」と思えた言葉でした。

これですね。著者の佐々木恒夫さんは東レ経営研究所の所長(つまりTOP)にまで上り詰めたエリートですが、うつ病の奥様や自閉症のお子さんを含む3人の子供の世話をしながら最終的に会社組織にトップに上り詰め、その体験談をもとに社会人になった甥に当てた言葉として語りかける内容となっています。

「そんなの元々能力があったからだろ」とか「不幸自慢してんじゃねぇよ、俺の人生の方が今つらいんだよ」みたいに当時は思っても不思議はなかったんですが、語り口からあふれてくるやさしさみたいなものを感じて、なんかすっと言葉が入ってきたんですよね。

どんな不合理なことがあっても「それでもなお」と歯を食いしばりながら、前を向くこと

このワンメッセージがとっても自分に響きました。

どんな不合理なことがあっても。

自分の人生を振り返ってみると、不合理で理不尽なことばかりだなと思います。

学生時代は、生まれてくる家や親が違っていたらどんなに良かったかと何度も思いましたし、

自分の生き方が下手くそで要領が悪くて、人と比べて何度も自己嫌悪に陥りましたし、

社会に出てからは、こんなにくそな人間性な奴がなんで偉いポジションにいるんだと思う場面に出くわすことが多く、くそだ、最低だと思っている奴より仕事で成果を出せない自分にまた自己嫌悪に陥って、自分のプライドや自信が何回も壊されました。

また、つい最近も相続関連で親姉妹に対しての人道的な恩義を果たさず、何もしなかったくせに利益だけは目ざとく、またそれがまかり通り、まじめで誠実で人にやさしくする人間が損をする事態に直面して、やりきれない、悔しい思いをしたばかりです。

まぁまだ30代なので、心の修行という意味ではまだまだつらい経験をしろ、ということなのかもしれませんがこれを飲み込めるほど、まだ私は徳を積めていませんし、罪を憎んで人を憎まずなんてことはできません。

私は「なんで人に優しくする意味がある?」「小利口な奴に利用されるだけなのに?」「結果的にしんどいことだけやって、楽しいことや人からの評価、報酬は全部取られるのに?」「誠実に生きる意味って何だ?」みたいな、そんなん中学生くらいで終わりにしとけよみたいな自問自答をいまだにしますw

自分のため、後悔しないためだなんて言われてたり、自分で思い込もうとしても、結局頭の中でぐるぐる回って「なんで俺だけがこんなにつらい思いをしなきゃいけない?」「なんで?」「なんで?」みたいに夜寝れなくなることも結構ありますね。

まぁ無味乾燥な人生よりは生きがいがあると、自分を慰めることができるかもしれませんが。

ただ、メンタルくそ弱いし、打たれ弱いし、すぐストレスで胃が痛くなったり、熱が出たり、健康診断で引っかかったりと、もう社会で生きるの向いてないから一生引きこもってVRつけて仮想世界で生きればいいんじゃね?と思うこともあります。

そんなときに思い返すんですね。

「それでもなお」って。

くそな人間に出会って利用されまくって、陰で「あいつあほやしんどいことだけやってなんにもなってないやん」と笑われたとしても。

自分なりの正義感、誠実さ、こうありたいという行動を貫いた結果、何も得られなかったりそのせいで自分にストレスがかかって痩せたり、食べれなくなったり、体を壊したり、仕事がなくなったとしても。

俺は、俺なりに生きた。と言うために「それでもなお」を貫こうと思っています。

俺なりというのは、自分の価値基準をもって、生き方を定めて、こうあるべき、こうありたいという言動をとっていることです。

なので、「それでもなお」という言葉がその生きる指針というか、自分の中の座右の銘になってますね

いろんな場面で振り返りながら、「それでもなお」って思いながら、自分なりに生きて死にたいものです。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

IT→マーケ→戦略コンサルタントと歩んできました。 人生100年時代において、人的資産となることが目標です。 ・サッカーとエンタメコンテンツが好きな30代、妻子持ちです。